Mercator図法と捩れテンソル

#幾何

アフィン接続$\nabla$の捩れテンソル$T$は, [ T(X,Y) := \nabla_X Y - \nabla_Y X - \lbrack X,Y \rbrack ] で定義されるが,初学者を悩ませるナゾの概念ではなかろうか. 少し勉強して,Cartan幾何でsolder formを学んだり,Nijenhuisテンソルを知れば,捩れテンソルが可積分条件を記述しているとわかるだろう.

ここでは,Mercator図法を例にして,捩れテンソルを説明してみたい. 矢野健太郎先生の「接続の幾何学」の3.2節の最後も参照のこと.

ちなみに,きちんと検算してないので間違いがあるかもしれません. 何か気付いたらメールしてください.

円柱座標

二次元球面からの円柱への共形変換がMercator図法だった. 以下,実は,正積円筒図法を考えているが,Mercator図法と呼ぶことにしよう. そこで,二次元単位球面$\mathbb{S}^2 = \lbrace (x,y,z) \in \mathbb{R}^3 \mid x^2+y^2+z^2=1 \rbrace$の円柱座標$(z,\theta)$を考えよう. すなわち,$x = \sqrt{1-z^2}\cos \theta$かつ$y=\sqrt{1-z^2}\sin \theta$である. このとき,二次元球面の標準計量$g$は, [ g = \frac{1}{1-z^2} dz \otimes dz + (1-z^2) d\theta \otimes d\theta ] と表される.

Mercator図法

Mercator図法では,等角航路は子午線との角度が同じならば互いに平行である. このような特徴を持つ計量接続$\nabla$を求めてみよう. ここだけの呼び方として,所望の計量接続をMercator接続と呼ぶ.

計量接続なら成り立つ式

Levi-Civita接続もMercator接続も計量接続なので,$d g(X,Y) = g(\nabla X,Y) + g(X,\nabla Y)$が成り立つ. 特に,$\partial_z g(\partial_z,\partial_z) = 2 g(\nabla_z \partial_z, \partial_z)$である. ところで, [ \partial_z g(\partial_z,\partial_z ) = \partial_z \left(\frac{1}{1-z^2}\right) = \frac{-2z}{(1-z^2)^2} ] かつ [ 2 g\left( \nabla_z \partial_z, \partial_z \right) = 2 \cdot \Gamma^z_{zz} \cdot g(\partial_z, \partial_z) = \left(\frac{2\Gamma^z_{zz}}{1-z^2}\right) ] である. よって,$\Gamma^z_{zz} = -\frac{z}{1-z^2}$がわかった.

同様にして,$\partial_z g(\partial_{\theta},\partial_{\theta}) = 2 g(\nabla_z \partial_{\theta}, \partial_{\theta})$なので,$\Gamma^{\theta}_{z \theta} = -\frac{z}{1-z^2}$がわかる.

また, [ \partial_z g(\partial_z,\partial_{\theta}) = (\nabla_z \partial_z,\partial_{\theta}) + (\partial_z,\nabla_z \partial_{\theta}) ] から,$\Gamma^{\theta}_{zz} + \Gamma^z_{z\theta}=0$を得る.

Levi-Civita接続とMercator接続に共通に成り立つ式

Levi-Civita接続でもMercator接続でも子午線は測地線の像である. 一般に,測地線は$\ddot{\gamma}^i + \Gamma^i_{jk} \dot{\gamma}^j \dot{\gamma}^k = 0$を充たす. よって,測地線$\gamma(t) = (z(t),\theta(t))$が$\dot{\theta}(t) = 0$を充たしているならば, [ \Gamma^{\theta}_{zz} \dot{z}\dot{z} = 0 ] なので,$\Gamma^{\theta}_{zz} = 0$である.

さらに,計量接続なら$\Gamma^{\theta}_{zz} + \Gamma^z_{z\theta}=0$だったので,$\Gamma^z_{z\theta} = 0$である.

Mercator接続だけで成り立つ式

Mercator図法では,$\partial_\theta$が緯線に沿って平行なので,$\Gamma^z_{\theta \theta} = 0$かつ$\Gamma^{\theta}_{\theta \theta} = 0$である. 同様に,$\partial_z$も緯線に沿って平行なので,$\Gamma^z_{\theta z} = 0$かつ$\Gamma^{\theta}_{\theta z} = 0$である.

これでMercator接続の全てのChiristoffel記号がわかった.

Levi-Civita接続だけで成り立つ式

最後に比較のためにLevi-Civita接続のChistoffel記号を書いておく. Levi-Civita接続については$\Gamma^i_{jk} = \frac{1}{2} g^{ip} (\partial_j g_{kp} + \partial_k g_{jp} - \partial_p g_{jk})$だったので,$\Gamma^z_{\theta z} = 0$かつ$\Gamma^{\theta}_{\theta z} = -\frac{z}{1-z^2}$であり,$\Gamma^z_{\theta \theta} = z(1-z^2)$かつ$\Gamma^{\theta}_{\theta \theta} = 0$である. すなわち, [ \nabla^{\mathrm{LC}}_{\theta} \partial_z = -\frac{z}{1-z^2} \partial_{\theta} ] かつ [ \nabla^{\mathrm{LC}}_{\theta} \partial_{\theta} = z(1-z^2) \partial_z ] である. 確かに,極と赤道以外の緯線はLevi-Civita接続の測地線ではない.

Mercator図法と捩れテンソルと曲率

さて,$\Gamma^{\theta}_{\theta z} = 0$だが$\Gamma^{\theta}_{z \theta} = -\frac{z}{1-z^2}$なので, [ \Gamma^{\theta}_{\theta z} \ne \Gamma^{\theta}_{z \theta} ] であって,Mercator接続には確かに非自明な捩れがある.

計量接続の平行移動が等長であることを思い出せば,平行移動の一次近似がChistoffel記号だったので,二次以上の無限小を無視したとき [ \sqrt{1-(z+dz)^2} = \sqrt{1-z^2} \left(1- \frac{1}{2} \frac{2z}{1-z^2}dz \right) ] なので,$\Gamma^{\theta}_{z \theta} = -\frac{z}{1-z^2}$はすぐにわかる. また,回転対称性から$\Gamma^{\theta}_{\theta z} = 0$もすぐにわかった. すなわち,Mercator図法の捩れテンソルの非自明性は,直観的には明らかなことであった.

また,Mercator接続のRiemann曲率テンソル$R$も簡単に計算できて,平らな紙の上に描けるので直観的にも明らかなように,$R=0$である.

ところで,Mercator図法で描かれた地図には,Euclid距離が入っているわけではないので,等長地図が作れないというのはいささか不正確な表現ではないだろうか.

平行四辺形について

最後に,蛇足だが,捩れテンソルと平行四辺形について言及しておく. Riemann多様体$(X,g)$を考える. 点$p \in X$の周りの座標$x^i$を固定する. 接ベクトル$u = u^i \partial_i$と$v = v^i \partial_i$によって平行四辺形を作る.

まずは,測地線$a(t) := \exp_p(tu)$と$a$に沿って$v$を平行移動したベクトル場$V(t) \in TX_{a(t)}$を考えよう. $c(s,t) := \exp_{a(t)}(sV(t))$とする. このとき,二次のオーダーまでの項は [ c^i(s,t) = tu^i + sv^i - \frac{1}{2}\Gamma^i_{jk}(t^2 u^j u^k + 2st u^j v^k + s^2 w^j w^k) + o_3(s,t) ] である.

次に,$u$と$v$を交換して同じ事をする.

両者の結果を見比べてみれば,捩れテンソル$T(u,v)$は,接ベクトル$u$と$v$から平行四辺形を作るための二次のオーダーの障碍を与えていることがわかる.