非有界自己共役作用素のスペクトル分解定理の周辺でいつも頭がこんがらがることたちを集めておく. 随時追記.
閉作用素について
稠密に定義された線型作用素$T \colon \mathcal{D}(T) \to \mathcal{H}$が閉作用素であるとは,任意の点列$x_n \in \mathcal{D}(T)$に対して,$\lim x_n = x \in \mathcal{H}$かつ$\lim T(x_n) = y \in \mathcal{H}$ならば,$x \in \mathcal{D}$かつ$y = T(x)$が成り立つこと. そして,閉作用素に拡張できる作用素を可閉作用素と呼ぶ.
稠密に定義された線型作用素は,有界ならば,その拡張は閉作用素になる. 逆に,閉グラフ定理は,至る所で定義された閉作用素が有界であることを主張する.
要するに,(可)閉作用素は有界作用素の一般化である. 点列$x_n \in \mathcal{D}(T)$が$x_n \to 0$を充たすとする. 線形作用素$T$が有界ならば,連続なので,当然,$T(x_n) \to 0$であり,逆も成り立つ. そして,「もしも点列$T(x_n)$に極限が存在するとすれば,それは正しい極限$\lim T(x_n)=0$に収束せねばならない」と一般化したものが,可閉作用素である.
有界作用素は,所詮,有限次元の線型代数に毛が生えたものである. しかし,非可算選択公理を認める限り,微分作用素は有界ではない. 閉作用素は,微分作用素を含むほどには広く,有界作用素と同じくらい扱いやすく,非常に良いクラスである.
稠密に定義された対称作用素は可閉作用素である. 特に,稠密に定義された自己共役作用素は閉作用素である.
スペクトルの分類
稠密に定義された線型作用素$T \colon \mathcal{D}(T) \to \mathcal{H}$のスペクトル集合$\sigma(T)$とは,レゾルベント作用素$(T-\lambda)^{-1}$の特異点のなす集合のことであり,次の三種類に大きく分類できる:
- 点スペクトル:$(T-\lambda)$が単射ではない点$\lambda \in \mathbb{C}$のなす集合のこと.つまり,点スペクトルは$T$の固有値の全体である.
- 剰余スペクトル:$(T-\lambda)$は単射だが,その値域が稠密ではない点$\lambda \in \mathbb{C}$のなす集合のこと.つまり,剰余スペクトルの点$\lambda$では,逆写像$(T-\lambda)^{-1}$は定義できるが,その定義域が稠密にならない.
- 連続スペクトル:$(T-\lambda)$は単射でその値域も稠密だが,逆写像$(T-\lambda)^{-1}$が有界ではない点$\lambda \in \mathbb{C}$のなす集合のこと.つまり,連続スペクトルの点$\lambda$では,逆写像$(T-\lambda)^{-1}$は稠密に定義された線型作用素として定義できるが,有界には全体に拡張できない.
スペクトルとは,固有値の一般化である. 有限次元の線型代数では,あるベクトル空間から同じベクトル空間への線型作用素は単射なら全射だった. しかし,無限次元ではそうとは限らない. そこで,全射性の破れを分類して,剰余スペクトルと連続スペクトルとした.
また,剰余スペクトルや連続スペクトルの定義にはいくつかの流儀があるが,一番興味のあるユニタリ作用素や自己共役作用素のときはどんな流儀でも剰余スペクトルは存在しないので,あまり気にしなくて良い.
スペクトルと閉作用素
教科書によっては,スペクトルやレゾルバントは閉作用素だけに対して定義されている. しかし,どうして任意の線型作用素に対して定義しないのか不思議に思うこともあるだろう. その答えは,結局,これらは閉作用素にしか意味がない概念だからである.
稠密に定義された線型作用素$T \colon \mathcal{D}(T) \to \mathcal{H}$とレゾルバントの点$\lambda \in \rho(T)$を考える. このとき,レゾルバントの定義より,$(A-\lambda)^{-1}$は至る所で定義された有界作用素であり,特に閉作用素である. 一般に,閉作用素の逆作用素は閉作用素である. よって,$(T-\lambda) = ((T-\lambda)^{-1})^{-1}$は閉作用素であり,$T = (T-\lambda) + \lambda$も閉作用素である. つまり,閉作用素でなければ,レゾルバント集合は空である!
閉作用素と自己共役作用素の逆
一般に,非有界作用素$T \colon \mathcal{D}(T) \to \mathcal{H}$が可逆であるとは,$T$が単射であることとして,その逆作用素を$T^{-1} \colon \mathrm{Im}(T) \to \mathcal{D}$とする. ただし,非有界作用素の可逆性には,いくつかの流儀があるので注意のこと. 例えば,$\mathcal{H}$への全単射を要求したり,$T^{-1}$には有界性を要求したりなど. この節での用語の使い方は加藤敏夫先生の摂動論の教科書に従っている.
また,非有界作用素$T \colon \mathcal{D}(T) \to \mathcal{H}$が自己共役作用素であるとは,$\mathcal{D} \subset \mathcal{H}$が稠密かつ$T=T^*$を充たすこととする. 自己共役作用素は閉作用素である.
可逆な閉作用素$T \colon \mathcal{D}(T) \to \mathcal{H}$の逆作用素$T^{-1} \colon \mathrm{Im}(T) \to \mathcal{D}(T)$は閉作用素である. これはグラフの反転を考えればすぐわかる. よって,特に,閉グラフ定理を考えれば,全射かつ可逆な閉作用素の逆作用素は有界である. 従って,閉作用素$T$と複素数$z \in \mathbb{C}$に対して,
- $(T-z)$がboundedly invertibleである.つまり,$(T-z)$が単射かつ全射かつ$(T-z)^{-1}$が有界である.
- $(T-z)$が単射かつ全射である.
は同値となり,レゾルバント集合の定義に後者を採用してもよい.
可逆な自己共役作用素$T \colon \mathcal{D}(T) \to \mathcal{H}$の逆作用素$T^{-1} \colon \mathrm{Im}{T} \to \mathcal{D}(T)$は自己共役作用素である.
- $T=T^*$より$\mathrm{Im}(T)^{\perp} = \mathrm{Ker}(T)$であり,$T$の単射性より$\mathrm{Ker}(T) = {0}$なので,$\mathrm{Im}(T) \subset \mathcal{H}$は稠密である.
- また,一般に,$T$が可逆で$\mathrm{Im}(T) \subset \mathcal{H}$が稠密のとき,$(T^{-1})^* = (T^*)^{-1}$である.
- よって,$\mathcal{D}(T^{-1}) = \mathrm{Im}(T) \subset \mathcal{H}$は稠密であって,$(T^{-1})^* = (T^*)^{-1} = T^{-1}$である.