ダニエル積分授業日誌

測度と積分について一度は学んだという前提で、ダニエル方式のルベーグ積分を Loomis にしたがって学ぶ。 授業は、テキストである ルベーグ積分2018 の半分程度を、 進度予定表に沿った形で行う。

数学科の学生でルベーグ積分がトラウマであるという人は多いのではなかろうか。 これは、講義なんかで学ぶべきものでないことが一因であるが、では独習ならば分かるかというと、 そう言い切れぬ所がまた悩ましい。
その理由をつらつら考えるに、一見素朴な面積・体積の抽象化である測度の扱いに原因がありそうである。 具体的には、ルベーグ測度の構成方法がものすごくわかりにくいか概念的に回りくどすぎる。 ここで挫折すると、そのあとの比較的易しい積分の構築以降のある意味おいしい部分が拒食症ぎみになるのは、 人情として仕方のないことである。数学をやりたいと思う人は、筋道をすっきりさせたい傾向が強く、 信じることに対する抵抗感が激しいように思われる。わからないところは飛ばして先を見てみよう、が生理的にできない。
一方でまた、高校以来、結構な時間をかけて習得してきた積分計算の技の向上にはほとんど結びつかないという問題点もある。 そもそも、測度論的に構成した積分が、連続関数の素朴な積分の拡張になっていること自体、難しくはないにしても、 明らかなことではない。
こう見てくると、このような内容の授業が陰険邪悪そのもののようにも思え、 人はルベーグ積分を憎み、それを見なくて済む数学に流れゆくことになる。
もっと素朴な積分の自然な流れの延長としてのルベーグ積分はないものか、とは誰しも思うことで、 それに応えるのがアメリカのダニエルが1910年代に始めたルベーグ積分へのアプローチ、ダニエル積分、である。 ルベーグの仕事が出た十数年後くらいのことで、測度論そのものが発展途上の時期であった。 このダニエル方式の優れた解説が、Loomis の Introduction to Abstract Harmonic Analysis (1953) という本の20ページ程度の章におさめられており、 最初これを読んだときは、まさに目からうろこ、本当にこれだけでよいのか、とにわかには信じ難かった記憶が今に蘇る。
このときの感動を多くの人に、という思いが10年ほど前の講義ノートに化けた訳であるが、 人が人に影響を与えられると考えるのは思い上がりも甚だしい、という作家の言が一方で鳴り響き、 工夫が空回りする予感に怯えつつも、 バトンは一人にさえ渡せられればそれでよい、ということで、 その一人の受け取り手がいるものと信じてやってみることにする。 下手な鉄砲の打ちおさめとなるかどうか。

まだ月曜の授業が始まらない。一番の理由が、1日にまあどうでもよい行事を入れたことか。 肝心の母屋の根太がシロアリにやられているのに、やれ新築の離れがどうのこうのと、偽善極まれリ、というか、 どうして内部の人間が預り知らぬ内容を外部に漏らすことから始めるかだ。仮にそれが正当なことだとしてもだ。
という愚痴はともかく、今回は短期決戦、回数が少ないこともあり、事前の質問をメールで受け付ける。 ただし、回答はこの場で行うのでそのつもりで。もちろん個人が特定されるような情報は出さない。 まあ、利用者はいないだろうが、可能性は否定できないということで。


10月15日

微積分についてはよく知っていることと思います。が果たしてそうか、といったところから始めました。 具体的には、総和の考え方です。まずは、テキストで予備知識の確認から。
連続性の言い換え、コンパクト集合、Bolzano の絞り出し論法、一様連続性、そして総和。
といった中から思いつくままに。
Diniの定理で舞台の幕は上がるか下がるか。

今回だけレポートの回収は次回の演習開始時までのばしますが、 2回めのレポートは、次回演習の終了時に回収します(延長はなし)。 ご注意ください。

10月22日

どうでもよいことが大切ということで、数学における論理と直感。教程では論理が強調されがちであるが、 それと表裏一体をなす直感が負けず劣らず大事ではある。直感というと幾何学を思い浮かべるかも知れないが、 あらゆる所で直感力が発揮される。
最近の AI はルールがはっきりしている場面では、この直感力と見られる能力を獲得しつつあるという。
曖昧なものルール化される前のものが大切ということか。

テキストでは、ベクトル束という言い方で通しましたが、順序ベクトル空間という意味合いのものです。 それが関数の集まりであるとき、その積分を連続な正線型汎関数で表そうという発想です。
典型的な例が連続関数のリーマン積分ということですが、その際に連続性を確かめるところが問題になります。 これは、一般には示し難いことが多いのですが、コンパクト空間上の連続関数に関しては、 単調収束から一様収束が従う (Dini theorem) ということで解決します。
測度の構成でも同じような問題が起こり、同じくコンパクト性を援用して証明するにしても、 長く見通しの悪い議論になります。 線型汎関数方式だと、 連続関数がリーマン積分可能であるところと単調収束から一様収束が従うところの2箇所に分けての処理となります。 このうち前者は既に詳しく学んでおり、後者もコンパクト性のちょっとした演習問題レベルなので、 知らぬ間に測度の連続性に相当するところが済んでいるという利点があります。

出発点の正汎関数は、易しい積分、という意味合いで elementary integral とも呼ばれます。 それをより広い範囲の関数に適用できるように、順序構造を利用して押し広げて行こうというのが基本的なアイデアとなります。
ポイントは、一気に広げないで二段階に分けること。最初の拡張は単調列極限によるもので、増加列拡大と減少列拡大の 2つを用意します。積分の連続性が拡大の整合性を保証すると同時に、収束定理の種を与えてくれます。

24日のオフィスアワーは都合によりありません。

10月29日

積分の二段目の拡張は、積分値の候補を上と下から詰める Darboux の上下積分のまねをします。 その際に一段目の2種類の拡張を適宜使い分けるところがポイントです。あとは、上下積分が一致し有限の値となる関数を 積分可能とすれば、線型性はじめ積分の名に値する諸々の性質が順次確かめられます。

この積分可能条件は、リーマン積分が意味をもつ場合は、広義積分(ただし絶対収束の場合)も含めて成り立ち、 積分の値もリーマン積分のそれに一致することが簡単に確かめられます。

関数主体の積分の良いところは色々あるのですが、その一つに変数変換の扱いやすさを取り上げました。 測度でも抽象論は簡単ですが、具体的な変数変換を計算しようとするとさあ大変。 まともに扱っている本は、多分、稀であるような。
ちなみに Jacobian を使った変数変換の公式の証明は、可逆行列を基本行列の積で表せるという事実の変数変換版を 用意して、一変数の場合の公式(いわゆる置換積分)に帰着させます。 ただ、普通の微積分の本にはなく、関数解析的微積分の本にはあります。
多様体論で出てくる外微分形式の積分は、こういったことが下敷きになるのですが、はて、どういう扱いになっているのか。

レポートを点検していて少し気になったので、上下積分の性質 (vi) についてコメントしておきます。 ${\overline I}(f+g) \leq {\overline I}(f) + {\overline I}(g)$ という内容ですが、 元の定義が $\inf$ なので、ここは実数の集まりについての比較が問題となります。 この場合だと $\inf(A+B) = \in A + \inf B$ という関係を利用して、 $A = \{ I_\uparrow(f'); f' \in L_\uparrow, f \leq f'\}$, $B = \{ I_\uparrow(g'); g' \in L_\uparrow, g \leq g'\}$, $C = \{ I_\uparrow(h); h \in L_\uparrow, f+g \leq h\}$ とするとき、 $C \supset A + B =\{ a+b; a \in A, b \in B\}$ に注意すれば、 \[ {\overline I}(f+g) = \inf C \leq \inf(A+B) = \inf A + \inf B = {\overline I}(f) + {\overline I}(g). \] あと、$\overline{I} = \underline{I}$ の線型性は、 ${\overline I}(f+g) \leq {\overline I}(f) + {\overline I}(g)$ と、 ${\underline I}(f+g) \geq {\underline I}(f) + {\underline I}(g)$ を合わせるだけであること、
外測度を使って 可測集合を定義することと、$\overline{I} = \underline{I}$ という条件の類似性とか、いろいろ注意すべき点を 忘れていました。
もうひとつ、Dirichlet 関数と言うべきところで Dedekind の名前を出したりと、四苦八苦。

まあ、数学は楽しく苦しむもの、ということで。

11月5日

積分の拡張はまた、出発点となった積分の連続性を反映して、いわゆる積分の収束定理が成り立つ形になっています。 この段階で、リーマン積分の拡張としての積分が収束定理とともに手に入ります。 具体的な積分計算にも適用可能で、そのありがたみを実感します。
ここまでで、測度は一切必要なかったことに注目ください。 ルベーグ積分のために測度は必須ではなかったということです。

次はいよいよ最終回ですが、測度に関係したところをざっと解説します。スケジュール表では、単調収束定理となっていますが、 どちらかというと、そのあとの可測関数の部分をかいつまんで説明する予定です。演習もその範囲でどうぞ。

どうでも良いことながら、dominated convergence theorem の dominated に関連して、 遺伝学方面では、dominant = 優性、recessive = 劣性です。もとはラテン語で(正確には、dom の方はサンスクリット語由来?)、 どちらも優劣の価値判断を含まない言葉のようですが、これに引きづられる形で、優の字が当てられたようで、 かえってわかりにくくなった所が無きにしもあらず。押え込みの方が実体を表していると思います。 押え込み関数という言い方も可能ですし。優関数と言ってみても何のことやら。

忘れてしまうことはある意味仕方のないことですが、その都度少しでも前のことを復習しつづけることが肝要です。 それをしないと経験値は高まりません。気楽に、しかし、倦まず弛まずです。力の入れ過ぎは逆効果のような気がします。 もう一度書きます、数学は楽しく苦しむものでなければ。苦しみもがいている人に心から。

11月12日

積分のダニエル拡張は、収束定理が成り立つことから、多くの支持関数を含み、 そういったものに限定することで、いわゆる測度を与えることができる。 ただそのためには、少しだけ可算有限性に配慮した条件を課してあげると良い。
テキストでは、Loomis にしたがって関数列近似可能な条件を積分とは別に調べ、 さらに測度零の考えを導入することで処理しましたが、 もう少し直接的なアプローチもあって、授業ではそれを説明しました。
可測集合が沢山あることを保証する必要から Stone 条件なるものを使いましたが、 これはチェックしやすい十分条件ということで、可積分関数が可積分な単純関数により近似できさえすれば、 測度を使った積分とダニエル拡張による積分の一致がわかります。
なお、測度そのものも有用で、零集合の扱いとかいろいろすべきことも多いのですが、 それはそういったことが必要になったときに必要になった範囲で実践的に経験して行けばよいでしょう。

積分の変数変換の証明を見たことがない人が多かったようなので、未使用の 講義ノートを上げておきます。 使うこともあろうかと大昔に用意したものですが、その機会もなくなったので。 ここのカリキュラムだと、2年前期に実数論をして、その後期にこれをやるとちょうど良さそう。

ということで、このショートコースも店じまいです。今日提出いただいたレポートは、 11月14日のオフィスアワー時(12:30−13:30)にA349で返却します。 都合がつかなければメールにてご相談ください。


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