私の研究テーマ

I. 非専門家向けの歴史的前書き  (よくご存知の方は飛ばして下さい)

有限簡約群

実数 R を成分とするn次正則行列の全体は行列の乗法に関して群をなす. これ を(実)一般線形群といい, GL_n(R) と表す. R を複素数 C で置き換えれば, 複素一般線形群 GL_n(C) が得られる. GL_n(R) あるいは GL_n(C) はリー群と 呼ばれる重要な群の一例であり, 解析、幾何、代数が火花を散らして艶を競う 恰好の舞台として, 19 世紀以来盛んに研究されて来た. 今, F_q をq個の元( q は素数 p の巾乗) からなる有限体 とする. 実行列や複素行列の代わりに F_q に成分を持つ行列を考えれば, GL_n(F_q) が得られる. 成分の取り方は有限個 なので, これは有限群になる. 注目すべきは, もとは GL_n(C) ひとつでも, 素数 p とその巾乗 q = p^m を 勝手に与えるごとに, 新しい有限群 GL_n(F_q) が得られることで あろう. このようにして, 無限個の有限群が生まれる. これらの有限群は, 偉大なる母 GL_n(C) の血を色濃く受け継いだ心やさしい 子供達である. 斜交群 Sp_2n(C) や特殊直交群 SO_n(C) などの行列で定義さ れた群 (古典リー群) からも, 同じようにして有限群の無限系列 Sp_2n(F_q) や SO_n(F_q) が得られる.

さて, 古典リー群は半単純(複素)リー群, あるいはより一般に簡約リー群と呼 ばれる由緒あるリー群のクラスの一例である. 古典型でないものは有限個しか なく, F_4, E_6, E_7, E_8, G_2 とそれぞれ名前がついている. これらを例外 リー群という. ちなみに, GL_{n+1}(C), SO_{2n+1}(C), Sp_{2n}(C), SO_{2n} の 系列が A_n, B_n, C_n, D_n と呼ばれている. 見れば分かるように, 名前 の付けかたは, エリー・カルタンが単純リー群の分類をしたときの, A, B, C, D, E, F, G という安直な命名によっている. (ビタミンの名前 のつけかたを思い出す). 例外型の場合にも, 複素リー群から有限群への移行 が試みられた. しかし, 個別の複雑なチェックが必要なこともあって, 特に最も巨大な群である E_8 型については手がでなかった. そんな中で, 1955年クロード・シュバレーが簡約複素リー群 G(C) から G(F_q) を構成する 一般的な原理を発見した. このようにして得られた有限群を有限シュバレー 群, またその一般化を有限簡約群という. シュバレーの発見は世界を 驚かせたが, その論文が日本の東北大学の雑誌 (東北ジャーナル) に 発表されたので, 東北ジャーナルの名前も一挙に世界に知れ渡った. シュバレーの発見した群に は "group of tohoku type" という変な名前までついてしまった. もちろん, 今そう呼ぶ人はいないが.

有限シュバレー群の発見は有限群の世界に決定的な 影響をもたらした. シュバレーの主要な結果は有限シュバレー群から, 簡単な 操作 ( 交換子群の中心による剰余群を考える ) により有限単純群が得られる というものであった. 実際, 有限簡約群から, 交代群と, 素数位数の巡回群 の無限系列を除く, 有限単純群の全ての無限系列が得られる. その出自からこれらの 群をリー型の単純群という. 有限単純群の分類は多くの数学者の協力によっ て1980年代に完成したが, それによると, 有限単純群は上記の無限系列の他には, 散在型といわれる26個の個別の群しか存在しない. その意味では, 有限簡約群が有限単純群のおおよその性格を特徴づけているといえるかも 知れない. もちろん有限単純群の世界はそんなに単純ではなく, モンスターの 存在に象徴されるように, 散在型単純群にこそ有限単純群の本質が 反映されているとみることもできる. いずれにしろ, 有限簡約群は, 正統的有限群としての性質と, 簡約リー群の強力な幾何構造を豊富に受け継いだ 極めて魅力的な有限群であるといえるだろう.


有限簡約群の表現論

有限群 G から一般線形群 GL_n(C) への準同型写像 f のことを G の表現とい う. 表現の役割は, よく分からない対象である『抽象的な群』をよく分かってい る『具体的な行列の群』によって文字通り表現することにある. この場合, 逆にやさしいものを難しいものを使って表現しても役にたたない. さて, 表現 f が与えられたとき, G の各元に行列 f(g) のトレース Tr(f(g))を対応 させることにより, G 上の関数 x_f が得られる. x_f を 表現 f の指標とい う. 指標は何といってもただの複素数値の関数であるから, 行列を値とする 関数である表現よりは, はるかに扱いやすい. それでいて, 表現に関する重要 な性質はすべて指標の中に含まれている信じられている. その意味で, 指標は 表現を支配しているのであり, 指標を決定することが表現論の重要なテーマに なる. ところで, 指標の決定は, 既約指標といわれる, それ以上は分解でき ない最小単位の指標の決定に帰着する. 既約指標は物理学に出て来る素粒子 のようなものである. さて, 指標は G の関数であるが, G の共役類の上で一 定の値を取る. G の共役類の個数と, G の既約指標の個数は一致することが 分かっているので, G の各既約指標 x_iの各共役類 c_jでの値 x_i(c_j)を並 べると正方行列 X = (x_i(c_j)) ができる. これを G の指標表という. 指標の決定とは, 指標表 X の決定に他ならない.

有限群の表現論の基礎は19世紀終盤から20世紀初頭にかけて, フロベニウスに よりその基礎が築かれた. それ以前にも, デデキンドやディリクレにより, 整数論の研究の中で指標の概念がアーベル群に対して議論されていた. しかし, アーベル群に対しては指標と表現は同じであり, 非可換有限群に対して指標の 概念構成に初めて成功したのがフロベニウスであった. 上に述べた簡単な定義 の蔭にも, すでに長い試行錯誤の歴史がある.


II. 有限簡約群の指標表の完成

有限体上の 簡約代数群の既約指標を決定し、その指標表を計算する アルゴリズムを完成させることが目標である。 この問題は筆者の前回の科研 費、基盤 (C)の研究計画の目標でもあったが、依然として解決していない。 しかし有限代数群の表現論にとって最も基本的な問題と思われるので、 継続して目標としておく。有限簡約群の既約指標決定への統一的なアプ ローチを与える Lusztig予想は群 G  の中心が連結な 場合に筆者により解決された。 これにより, 上記の群に対しては既約指標の 決定はこの予想に含まれるある種のスカラーの決定と, 一般Green関数の計算 に含まれる巾単類の代表元に関する問題、とに帰着された。今までの研究で 巾単指標に関してはこのスカラーは具体的に決定できることが分 かった。 しかし、一般Green 関数の計算についてはまだ問題が残っている。 特に, non-split type の $SL_n(F_q)$ の場合が本質的である. 研究計画の 3年以内に是非ともこの問題にめどをつけたい. これが解決できれば少なくとも, 例外群の巾単指標については, 完全なアルゴリズムが得られる。現在、 Aachen大学の F. Luebeck氏の協力のもとに、このアルゴリズムに基づいた コンピュータによる計算が進んでいる。既に膨大な計算結果も (予想値としては)得られている。

III. 複素鏡映群とそのHecke環の表現論

古典型の Hecke 環の、複素鏡映群 G(e,1,n) に対する類似物として, 1994年有木-小池 によって発見された Ariki-Koike代数は, その後の5年間に目覚しい発展を遂げた。 Ariki-Koike代数は2つの側面を持つ。一つは、有限簡約群のmodular表現 に関 係する部分で、 特にparameter が1の巾根の場合が重要である。 もう一つは, 通常表現に関する部分で、 $B_n$ 型の Weyl 群の拡張として, 有限古典群の 表現論に関する多くの性質が複素鏡映群にまで 拡張される。 筆者は最近 Green関数や, Hall-Littlewood関数など, GL_n の組み合わせ論的関数が 複素鏡映群にまで拡張されることを示した。 本研究では, 複素鏡映群と Ariki-Koike代数を中心として, その表現論的な総合理解をめ ざす。 また複素鏡映群に付随した, Green関数の性質を詳しく調べ, Macdonald多項式をこの場合に拡張することを目標とする。
{ 2. 研究の特色、意義} \par 有限簡約群の既約指標の理論は、Lusztigによっ てほぼ完成したことに なっているが、指標表は未完成である。 Lustig の仕事を完成させること は、表現論の重大な課題であり, 我々にとって21世紀への宿題といえるのでは ないだろうか。 筆者による複素鏡映群に付随する Green関数は, 古典群のGreen関数の組み合わせ論的な構成をも含んでいる。 それは, 1976 年に Deligne-Lusztig がGreen関数を$l$-進kohomology を用 いて定義して以来望まれていた, 有限古典群に対する combinatorial approach への道を開くものと期待される。 \par\medskip\noindent { 3. 関連する研究の中での位置付け} \par 有限簡約群のmodular表現の理論は、近年、有木によって量子群の表現論 との密接な結び付きが発見され, 今後の発展が期待されている。また複素鏡映 群のGreen関数は, その幾何的実現をめぐって, Lusztig による quiverの表 現論, 中島啓の quiver variety の理論, Hilbert scheme の理論との関連が 注目される。更に, Macdonald多項式の拡張を通じて, $A$ 型の組合せ論, 数理物理などを $B,C$ 型に拡張する可能性も生じて来る。