研究内容(2019/09/23更新)


主に幾何学を相対論、素粒子論、宇宙論に応用し、独創的且つ普遍的な洞察、定式化の提案を行っています。理想としてはスマートな手法で美しい絵画のような研究を行うことです。手法はHawkingらの仕事に大きな影響を受けていると思います。方程式を直接解くことなく様々な結果を出し洞察を行えることに非常に感銘を受けました。

また、東大助手時代にケンブリッジ大学のHawking率いる相対論グループに2年間滞在したことはその後の研究姿勢に大きく影響しています。宇宙と素粒子、そして数学分野の交流が活発でした(そもそもHawkingらの所属はDAMTP(略称)ですが、これは数学科に属しています。)。

ここでは私の最近の研究、代表的な研究、個人的に気に入ったものについて簡単に触れたいと思います。

最近の研究より1 〜静的時空における発散恒等式の系統的導出〜

静的ブラックホールの唯一性定理の証明はIsraelやRobinsonによってなされてましたが、唐突に発散恒等式が登場します。しかし、その系統的な導出はありませんでした。そこで私たちは発散恒等式の構成を常微分方程式の問題に帰着させることに成功しました。その結果、新しい恒等式を発見しました。結論が変わるわけではありませんが、素晴らしい証明の再吟味は、深層構造に触れる機会を提供してくれているように思います。より広いクラスの時空の唯一性定理証明に繋がると期待しています。

M. Nozawa, T. Shiromizu, K. Izumi and S. Yamada, ``Divergence equations and uniqueness theorem of static black holes,'' Class. Quant. Grav. 35, 175009(2018).

最近の研究より2 〜強重力場の数学的定式化〜

一般相対論において重力崩壊で形成されるブラックホールの表面の面積には与えられた質量Mに対して上限があると考えられています。大きなサイズの天体では重力が弱くなり、星から光が逃げ出せてしまうからです。その上限は4π(2GM)^2とされており、これがPenrose不等式と呼ばれるものです。しかし、ブラックホールはその定義からそれ自体を観測することは不可能です。そこでブラックホールの外側だけれども、その特徴を反映する代用物を提案しました。これが緩捕獲面で、Schwarzschild時空におけるphoton sphere(光の不安定円軌道)をお手本にしています。興味深いことにその面積に上限4π(3GM)^2が存在し、その上限値に達した時空はSchwarzschild時空になることを証明できました。これにより、観測でその面積が4π(3GM)^2を超えるようなことがあった場合、一般相対論からのずれが存在することを意味します。現時点でそのような観測の報告はありませんので、いまのところ一般相対論はうまくいっているようです。私のお気に入りの作品です。緩捕獲面提案後、光の測地線の振舞いとの関係なども吉野さん(大阪市立大学)と泉さん(名古屋大学多元数理)が中心となって調べました。

T. Shiromizu, Y. Tomikawa, K. Izumi and H. Yoshino, ``Area bound for a surface in a strong gravity region'', PTEP 033E01 (2017)
H. Yoshino, K. Izumi, T. Shiromizu and Y. Tomikawa, ``Extension of photon surfaces and their area: Static and stationary spacetimes'', PTEP 063E01 (2017)
H. Yoshino, K. Izumi, T. Shiromizu and Y. Tomikawa, ``Transversely trapping surfaces: Dynamical version'', arXiv:1909.08420 [gr-qc].

ブラックホールと幾何学(1992-)


相対論の予言するものの中で最も興味深い対象の一つがブラックホールです。私の最初の論文ではインフレーション宇宙においてブラックホールのサイズに上限が存在することを証明しました。ブラックホールの面積増大則と合わせると、大きなブラックホールはインフレーション宇宙では合体できないことが予想されます。これは中尾憲一さん、前田恵一さん、小玉英雄さん、Sean Haywardさんらとの共同研究です[1,2]。この議論で用いた手法は極小曲面の変分公式の類似物で、数学でしばしば基本的な道具となるものです。この研究をきっかけにHaywardさんが京大天体核研究室に外国人特別研究員として研究を行うことになりました。書類の準備などは私が中心に行いました。天体核研究室の学生の自主性を重んじる伝統は今も残っていると思います。

超弦理論では高次元ブラックホールそのものが基本的な考察の対象物となります。4次元と異なり高次元では私たちが想像する以上に豊かな構造を持っており、その全容は未解明です。私はその中で、特に回転しない高次元ブラックホールについてGary Gibbonsさんと井田大輔さんらと考察を行い、時空が高次元シュバルツシルト時空に限られることを証明しました[3]。この証明では正質量定理と共形変換を用います。どうして正質量定理が関係しているのか不思議に思われるかもしれませんが、これが面白ところでもあります。そして超弦理論の低エネルギー有効理論である超重力理論の解(例えば、Gibbons-前田解)の唯一性の証明にも拡張しました[4,5]。上手に共形変換を見出すのに試行錯誤しましたが、徹夜で取り組んだ結果次の日の朝には適切なものを見つけることができました。更に、最近ではRoberto Emparanさんと大橋勢樹さんと一緒に回転のないブラックホールに高階反対称テンソル場(超弦理論でしばしば登場します)が存在できないことを示すこともできました[6]。これは基礎物理学研究所での開催されていた研究会の際にRobertoととの雑談から生まれた仕事です。雑談も馬鹿にはできません。 その他に、比較的最近吉野高裕さんと山田澄生さんと一緒に、ブラックホールと星が静的な状態で共存できないことを示しました[7]。直感的にはそのような系は存在しないことは明らかですが、示せと言われると難しいのです。簡単な問題が解決できないのは悔しくて仕方ありません。実はこの疑問は私が大学院生のころから持っていたものです。10年後にようやく部分的に解決できました。また、このような問題はブラックホールにどのような毛(場)があり得るか、という問題と類似のものです。周辺を見渡しながらのマニアック路線は他人と差別化も図れて、しかも思わぬところで面白い研究ができてよいです。

時空の漸近構造(1996-)


孤立系はしばしば漸近的に平坦な時空で記述されます。そのような時空では漸近的に対称性が存在し、それに関係した大域的な保存量が定義できます。漸近的に平坦な時空は共形埋め込みを行うことにより美しくAshtekarらによって定式化されました。ただ、彼らの研究は4次元に留まるものでした。そこで私は田辺健太郎さん、棚橋典大さん、木下俊一郎さんと一緒に高次元時空の漸近構造について調べました[8,9]。4次元と比べると遠方での場の振る舞いの違いから、次元によっては共形埋め込みはあまり有用ではないことが知られていました。そこで、座標を適切に選ぶことによって高次元の漸近的対称性や保存量の定式化を行いました。4次元では分離できなかった超並進という一見非物理的な対称性が高次元では陽に分離でき, 境界条件で落とすことができることもわかりました。これは田辺さんの業績です。なぜ4次元だけ特別なのかも理解できた点が面白かったです。この研究はその後高次元時空の分類や、高次元時空の安定性の議論に用いられています。一見すると地味な研究ですが、長い目でみたときに重要になるのではないかと期待しています。

宇宙磁場(1998-)


大学院時代の研究室の先輩後輩が天体形成における磁場の影響について研究を行っていました。その影響で宇宙における磁場について漠然と関心があります。しかし、個々の天体に伴う磁場は複雑なので、簡単のために宇宙論的なスケールでの磁場について時折考えています。実際に研究を開始したのは1997年のRESCEU symposiumでのOlintoさんの興味深い招待講演を聞いてからでした。このとき日本ではまだ宇宙論的な磁場はさほど研究されておらず、私も何かできるのではないかと思いました。ダイナモ機構や磁気流体の繰り込み群を用いた研究などを行いました。最近では高橋慶太郎さんらが思いついた宇宙の熱史の必然として生成される機構が面白いと思っています。このような既知の物理の範疇の議論でも、やはりスマートな手法、簡潔な結果を目指し、独自路線を追求しています。その一つが小林務さん、高橋慶太郎さん、Roy Maartensさんらと行った研究です[10]。MRI(磁気回転不安定性)や一般相対論的なanti-dynamo定理にも関心があります。

ブレーンワールド宇宙(1999-)


究極の理論と考えられている超弦理論では、ブレーンと呼ばれる薄膜が重要な役割を果たしています。このブレーンの性質を考慮すると、私たちの宇宙は高次元時空の中に埋め込まれた薄膜のようなものと考えるのが自然です。これはブレーンワールド宇宙と呼ばれ、1999年のRandallとSundrum(RS)らの研究などを皮切りに大きく発展しました。その中で私は前田恵一さんと佐々木節さんと一緒にブレーン上の重力方程式の導出を行いました[11]。この論文を発表したとき身が震えました。幾何学でよく知られている高次元と低次元を結びつける関係式(ガウス・コダッチ関係式)を用いることで美しく導出できたからです。簡単な幾何学の知識を使って、ブレーンワールドの本質に迫れたことは幸運でした。後に判明したことですが、このような幾何学的射影によって方程式が導出できたのは素粒子論で議論されているadS/CFT対応の同様のものがブレーンワールドでも成り立っているからです。なお、この研究を行った際、私はケンブリッジ大学にいました。その1998年にadS/CFTやM理論に関する講義シリーズがGreen, Townsend, Gibbons, Hawkingらによって集中的に行われました。これは私を含め当時の若手に大きな影響を与えました。非常に運がよかったと言えます。ケンブリッジ大学のニュートン研究所で行われた滞在型研究会では、共同研究者の方も含め、Jaume Garrigaさん、田中貴浩さんも参加されており、議論を通じ勢いよく研究が進みました。そして、その後しばらくこのテーマを中心に研究を行いました。RS模型はあくまでも玩具模型に過ぎないと思っていますので、少しでもより現実的な模型について取り組めるよう努力しています。

正質量定理と重力理論(2012-)


正質量定理の威力は絶大です。また、これが古典的に成り立たない理論はどこか不備があるのではないかと思えます。正質量定理のもっとも重要な主張は、質量あるいはエネルギーがゼロの時空がミンコフスキー時空に限られることです。エネルギー最低状態が重力も物質も何もない平坦な時空だというわけです。

この事実は様々な場面で応用することができます。これはEinsteinやPauliのような大人物もかつて考えた問題ですが、真空で定常な時空で非自明なものはあるか気になります。実は真空で定常な場合、質量がゼロであることを簡単に示すことができます。従って、正質量定理から時空がミンコフスキー時空になってしまうことがわかります。最近、私は大橋勢樹さんと鈴木良拓さんと一緒に、電磁場や高階数反対称テンソル場が存在する場合も同様の事実が成り立っていることを示しました[12]。ただし、それらの場に大域的なポテンシャルが存在することを課しています。この研究はブラックホールの一つの仮想的なミクロ状態(fuzzball)への洞察にも繋がります。

また、理論模型の構築の指導原理として考えられる可能性があります。実際に正質量定理との相性から理論は強く制限を受けることが期待できます。最近、野澤真人さんとそのような研究を行いました[13]。勝手な運動項を持つ理論は許されません。ポテンシャルも超重力理論で現れるようなものに限られます。宇宙の加速膨張を説明するために様々な修正重力理論が提案されていますが、純粋に理論的観点から理論の絞り込みに役立つのではないかと考えています。

その他


学生時代の研究室の助教だった森川雅博さんの影響で宇宙における量子デコヒーレンス現象にも手を出しました。

教員になってからは学生の興味に合わせて他の研究者の方の協力を頂きながら手を広げることもあります。東工大在職中には私が苦手としている観測的宇宙論から重力理論に制限をつけるような研究にも関わりました[14]。

文献

[1] Tetsuya Shiromizu, Ken-ichi Nakao, Hideo Kodama, Kei-ichi Maeda, Phys.Rev. D47 (1993) 3099-3102.
[2] Sean A. Hayward, Tetsuya Shiromizu, Ken-ichi Nakao, Phys.Rev. D49 (1994) 5080-5085.
[3] Gary W. Gibbons, Daisuke Ida, Tetsuya Shiromizu, Prog.Theor.Phys.Suppl. 148 (2003) 284-290.
[4] Gary W. Gibbons, Daisuke Ida, Tetsuya Shiromizu, Phys.Rev.Lett. 89 (2002) 041101.
[5] Gary W. Gibbons, Daisuke Ida, Tetsuya Shiromizu, Phys.Rev. D66 (2002) 044010.
[6] Roberto Emparan, Seiju Ohashi, Tetsuya Shiromizu, Phys.Rev. D82 (2010) 084032.
[7] Tetsuya Shiromizu, Sumio Yamada, Hirotaka Yoshino, J.Math.Phys. 47 (2006) 112502.
[8] Kentaro Tanabe, Norihiro Tanahashi, Tetsuya Shiromizu, J.Math.Phys. 51 (2010) 062502.
[9] Kentaro Tanabe, Shunichiro Kinoshita, Tetsuya Shiromizu, Phys.Rev. D84 (2011) 044055.
[10] Tsutomu Kobayashi, Roy Maartens, Tetsuya Shiromizu, Keitaro Takahashi, Phys.Rev. D75 (2007) 103501.
[11] Tetsuya Shiromizu, Kei-ichi Maeda, Misao Sasaki, Phys.Rev. D62 (2000) 024012.
[12] Tetsuya Shiromizu, Seiju Ohashi, Ryotaku Suzuki, Phys.Rev. D86 (2012) 064041.
[13] Masato Nozawa, Tetsuya Shiromizu, Phys. Rev. D89 (2014) 023011.
[14] Akihito Shirata, Tetsuya Shiromizu, Naoki Yoshida, Yasushi Suto, Phys.Rev. D71 (2005) 064030.

その他の論文についてはこちらをご覧ください。