格子スピン系の相転移と緩和現象の関連
相転移は身近な自然現象の1つであり、
例えば水の固体相-液体相の転移などがそうである。
氷と水は同じ物質(H2O)の異なる相であり、
それらの相は温度に
応じて平衡状態として実現される。
「0oC で相転移がある」ことと
「10oC で相転移がない」ことの差は次のように
見ることが出来る;
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0oC では氷の固まりは
時間が経っても凍ったまま、また
コップの中の水もそのままで存在し続けることが出来る。
何故なら、0oC ではどちらも平衡状態だから
(元来「相転移」とは2つ以上の平衡状態の存在を意味する)。
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一方 10oC では, 氷の固まりも水も、時間が経てば
どちらも水なってしまう。何故なら 10oC では水が
唯一の平衡状態だから。
現在の研究は相転移の有無を上の例で見たような形で、つまり温度を
固定した上で時間を動かせた結果起こる現象の差異として表現する
(勿論、数学的に定式化した上で)ことである。数学的な枠組みと
しては格子スピン系を採用する。
格子スピン系とはランダムに幾つかの状態をとりうる粒子が格子
(正方格子 $\zd $)上に配置され、相互作用する様子を記述するため
の数学模型である。例えば強磁性体の相転移を数学的に理解するために
古くから研究されてきた Ising model はその典型である。
このような系での分子達の統計的性質は Gibbs 分布と呼ばれる
確率分布に支配される。
スピンの状態を表す集合 を $S$ とするとき
Gibbs 分布は直積空間 $S^{\zd}$ (配置空間)上の確率測度である。
$\s =(\s_x)_{x \in \zd}$ に対し $\s_x$ ($x \in \zd$) は $x \in \zd$ に
おけるスピンの状態を表す確率変数だが Gibbs 分布のもとでは勿論独立では
ない。それが「独立に近い」ことの尺度が「混合条件」(mixing condition)
によって与えられ、通常、温度或は磁場(を表すパラメーター)が十分大ならば
成立する。
このとき Gibbs 分布 $\m$ に対し $S^{\zd}$ に値をとる
Markov 過程であって $\m $ を定常分布とするもの
(緩和過程/Glauber dynamics)を自然に対応させることが出来る。緩和過程は
物理的に言うと、系が「より安定な状態を求めて」時間発展する様子を記述
するものである。
1900 年代初め、D. Stroock と B. Zegarlinski は $S$ が有限集合の場合に
混合条件が緩和過程の緩和
の速さ(安定な状態が早く実現される)に関する解析的条件と同値であること
を示した。この研究はその後 F.Martinelli, E. Olivieri, R. Schonmann,
S. Shlosmann 達の仕事を経て更に精密化された。
この分野で筆者が共同研究者達と共に得た主な成果は以下の通りである。
- R. Schonmann 氏 (UCLA)との共同研究:
Ising 模型 ($S=\{ -1, +1\}$) において臨界温度に近い高温相、またゼロでは
ないが小さな磁場をかけた場合の混合条件と緩和過程の研究。
このような条件下では Stroock-Zegarlinski の一般論は適用出来ないが、
Martinelli-Olivieri 達の手法を一般化して用いた他、Ising percolation や
相関不等式等、モデルに固有な構造が重要な役割を果たす。
結果的には
臨界温度に近い高温相、またゼロでは
ないが小さな磁場をかけた場合、いくつかの典型的な境界条件に対して緩和
が速い(安定な状態が早く実現される)ことが証明出来る。
Stroock-Zegarlinski の仕事と筆者達のそれとの違いは前者では相転移が
起きるパラメーター領域から十分離れた部分を扱っているのに対し筆者達は
相転移が起きるパラメーター領域ギリギリの部分を狙った点である。
- 樋口保成氏 (神戸大)、K. Alexander 氏(Univ. of Southern California)
との共同研究:
2次元 Ising 模型 ($S=\{ -1, +1\}$, $d=2$) において
相転移が起きるパラメーター領域では緩和が極めて遅いこと。
この仕事の動機となったのは L. Thomas の仕事である。Thomas は
次元 $d$ を一般にとる代わりに自由境界条件のみを考えている。
我々は 2次元に限る代わりに一般的な境界条件を考えた。これにより
境界条件をランダムな環境として持つ場合の結果が得らる他
境界条件をパラメーターとして変化させることで別の臨界現象を捉える
ことが出来る等の、問題意識そのものに新たな局面が開けた。
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非有界スピン系 ($S=\R$) の高温相における混合条件、及び
緩和が速いことの証明。また、
Stroock-Zegarlinski の仕事の一般化(
混合条件が緩和過程の緩和
の速さに関する解析的条件と同値であること)。
形の上ではスピンが有界な場合に知られていた結果の拡張であるが、
技術的にはまさに「非有界」故の技術的困難の克服が必要である。
それらを克服する上で J. Bellissard, R. H$\phi$egh-Krohn, B. Zegarlinski
達の先駆的仕事をヒントにした。筆者の研究結果の一部は、T. Bodineau,
B. Helffer, M. Ledoux 等の研究者により更に発展し、筆者が与えた
条件の一般化や証明の
簡略化に関する論文が彼らにより出版されている。