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講演内容アブストラクト
1.大成算経における数の取り扱い
              森本 光生


   「大成算経」は全20巻、約900丁(1800ページ)の大著で,関孝和(?-1708),建部賢明(1661-1716),建部賢弘(1664-1739)が,1683年から28年かけて著作し,関孝和の三回忌に当たる1711年に完成した.この著作は,関流の数学の全部を扱っているが,公刊されることなく,手稿本として現在に伝わっている.
   「大成算経」では数をどのように把握しているのだろうか.
(1)数というのは,そろばん(定盤)上で「運転」できるものであって,そもそも「数とは何か」という問すらない.加減が最も基本で,句訣をつかって乗除をそろばんでできるようになることが,数に関する技の基本であった.句訣には九九の掛け声のほか,二一添作之五のような割り算の掛け声があった.
(2)加減乗除の次に大切なのは,開平算である.開平はそろばん上でもできるが,普通は算盤(さんばん)上で算木を用いて計算した.
(3)数に対する加法や乗法の可換性などの公理的な考察は,天元術が成立した後に意識されたものであろう.
   江戸時代の数学書は,問,答,法(解法)という中国算書の流儀で書かれている.また1変数多項式を扱う天元術には,未知変数は表示しないという制約があった.
   加法や乗法が可換であるというような抽象的な概念も,この表記上の制約の中で述べなければならなかった.本講演では,「大成算経」の著者が,抽象的な概念を数値問題を用いてどのように提示したのかを紹介したい.
2.日本の数学教育の中の統計教育を歴史的に振り返って            真島 秀行

   ビッグデータ,AIの時代をすでに迎えており,否が応でも向き合わねばならぬ世代のために,次期学習指導要領では,算数・数学科で小中高一貫して「データの活用」の分野(高等学校では名称は「データの分析」のまま)を設け統計教育を充実させる方向であるが,その実効性をどうすれば上げられるかは,今後の数学教育の一つの重要な点であると考えている.日本の統計教育の歴史を少し振り返り,今後の方向性を見出したい.
   大学で日本人として初めて「統計」の授業を行ったのは(2011年に生誕150年を迎えた)藤澤利喜太郎である.
   藤澤は「統計」を活用することを勧めたが,中等教育における「算術条目及教授法」では扱わなかった.中等教育で初めて正式に統計の単元が入ったのは第二次世界大戦中の改正からである.それは緑表紙の算術教科書で学んだ者への教育のためであり,また,戦時における科学振興の産物であるらしい.
   「統計」の歴史的な源を探ると,ケトレーによれば,国の実態をとらえるための「統計」,大量の事象をとらえるための「統計」,確率的な事象をとらえるための「統計」があり,さまざまな分野から発展して今日の「統計学」があるとされる.「20世紀の前半は統計学が確固たる数学理論に基礎付けられた時代である」とされるが,発展途上の学問を中等教育段階で行うことの難しさを藤澤は認識し,大学では講義を行っても中等教育段階ではその時期ではないと考えていたのではないか,と推察する.
   講演においては,日本の統計教育における,藤澤の講義の歴史的位置付けなどについても触れる.