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講演内容アブストラクト
1.幾何の対象としての群
 納谷 信



 群とは、一つの積演算(結合法則をみたす)の指定された集合で、この演算に関して単位元と(任意の元の)逆元をもつもののことである。種々の数の集合が群の例を与え、定義からも群は代数的色彩の強い数学的対象であるといえる。しかし、一方で、群は数学や物理にあらわれる対称性を広く記述し、そこには群の作用する図形や空間といった何かしらの幾何学的対象が付随する。そして、この作用を調べることによってこそ、群の様々な性質が、幾何学的必然性をともなって明解に理解される。
 この講演では、可算無限個の元からなる群?離散群?を考える。(したがって、リー群?連続群?や有限群はひとまず除外される。)そのような群にケーレーグラフとよばれるグラフ(いくつかの点とそれらを結ぶ線の指定された図形)の構造を定めることにより、群自身を一つの空間とし、幾何学の対象として調べることが可能になることをお話しする。とくに、グラフという一見したところでは幾何学的構造に乏しくみえる対象であるにもかかわらず、これを粗っぽく(いいかえれば十分遠方から)みることにより、逆に豊富な幾何学を展開することが可能になる。そして、多くの群が非ユークリッド幾何と似通った幾何的性質をもつことが分かる。なお、グロモフは、この視点を推進し、先行研究を包括するとともに多くの目覚ましい応用例を提示してみせた。
 時間がゆるせば、さらに解析の場としての群についても触れるとともに、群を幾何解析の舞台としてとらえることにより、新たな研究の道が開かれることもお話ししたい。
2.心理学研究における数理モデルの役割
 ―「測定の妥当性」にかかわる最近の論争から―
 村上 隆


 テストや調査の項目への反応から,個人差の測定尺度を構成することは,心理学や社会学の研究方法の重要な部分を占めてきた。そこで常につきまとうのが,得られる測定値が何を意味しているのか,あるいは,測定の結果は研究者が測定を目指しているものと一致するのか,という問題である。特に心理学においては,測定(あるいはテスト)の妥当性の問題として,ほぼ100 年にわたる議論がある。近年,認知心理学の進歩に伴う解答(回答)メカニズムの解明が進んだことや,変数間の因果関係をモデル化する統計技法の発展を背景に,この測定の妥当性に関する論争が再燃しつつある。それは,あたかもヨーロッパ中世の実在論対唯名論の論争の再来を思わせる一方,数学を使って経験的事実をモデル化する際の問題点を露呈させてきたようにも思われる。
 本報告では,そうした論争の概要について,報告者自身の最近の経験も交えながら紹介するとともに,心理測定における数理モデルの使用について考えてみたい。そこからは,人文・社会系における数学教育のありかた,とくに,確率・統計の扱いについてのヒントも得られるようにも思われる。本報告が,そうした議論のきっかけになれば幸いである。