初期の研究では局所不偏性条件の下で共分散行列の対角和を最小化する アプローチが取られた. この研究は[12]を見れば分かるように, 上で定義した を求める研究に直結している. 最も初期の研究[19]は Fisher 行列の量子版の1つである SLD Fisher 行列 を用いて下限 を評価する方法である. SLD Fisher 行列 は 各パラメータ の SLD(対称対数微分) は となる Hermite 行列 として定義した上で, として定義される.
特にパラメータ数 が1のときは となることが知られており, 「量子相関を用いない適応的な推定」で一様に 限界 が達成されることが知られている. 多次元で と が非可換であるときには一般には, となる. なお,ここで定義された SLD 内積は先に または の極限として定義された内積と一致することが確認できる[24].
その他, 対数微分及び Fisher 情報行列の量子版として
以下ののRLD(右対数微分)がある.
パラメータ のRLD(右対数微分)は
となる行列として定義され,
RLD Fisher 行列は
で定義される.
RLD を用いて
を考え,この量を
と記し,RLD 下限と呼ぶ.
ただし,そして,行列に値をもつベクトル
及び,
は
以下に定義する Holevo 下限
は SLD Fisher 行列から導かれる下限や RLD 下限
よりもよい評価を与える.
すなわち
となる.
かなり一般性のある条件の下で が と一致することが確認できている. 特に純粋状態から状態族では, が示されており, その場合については,「量子相関を用いない適応的な推定」で一様に 限界 を達成することが知られている[25]. 逆に,混合状態からなる状態族については 一般に「量子相関を用いる推定」と「量子相関を用いない適応的な推定」との間には, の値が異なることが知られている[17].
なお,Holevo 下限は
以下に定義する D 作用素
の作用の下で,
SLD が張るベクトル空間
が不変であるとき,
比較的計算の容易な RLD 下限
と一致する.
行列 に対して
は
例えば,純粋状態からなる状態族が -作用素の下で不変であり,
であるとき,
となる[5,6].
このような状態族は coherentと言われる.
coherent な状態族については,
座標の取り方に依存しない risk 関数
について以下の式が成立する.
このように1次漸近理論については, かなり限界の計算が進んでいる. 一方で,より高次の漸近理論や 非漸近的枠組みでの(すなわち が有限のときの)推定量の最適化 の問題が今まで扱われてこなかった. 特に2次の漸近論では risk 関数を何に取るかで結論が変ってくる 可能性があり,risk 関数の選択には慎重を要する. 古典論ではバイアス補正などの議論が2次の漸近論に必要になる 要因の1つに 座標に依存した risk 関数を選択していることが考えられる. やはり,座標不変な risk 関数の下での議論が必要になると思われる.
そのほか,述べた推定量の許容性などについても まだほとんど議論されていない. しかも,このような問題は極めて一般的取り扱いが難しく, 状態族に対して条件を課した上で, 特殊な例についてのみ議論することしかできないのが現状である.