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: 量子力学系 : tokubetu1 : tokubetu1


はじめに

近年量子力学の原理を積極的に用いた情報処理技術が重視されつつある. このような技術には量子力学的対象からより正確に情報を取り出す技術が不可欠となる.

量子力学的世界では 物理量の非可換性のため,一般には複数の物理量を同時に正確に測定する ことは不可能であるとされている. したがって,量子力学的世界から情報を読み出すには単に得られた 測定値に対するデータ処理の過程を最適化するだけでなく, 測定方法も同時に最適化する必要がある. このような問題を考えることによって, 量子力学的世界が持つ不確定性を 原理的な推測精度の限界という視点から議論することができる. 本稿では特に量子力学系での状態推定(量子推定)に的を絞って議論する. なお,本稿では確率分布族の推定を古典論とよぶが, 非量子論的という意味であり,決して古いという意味ではない.

量子推定は1967年の Helstrom の SLD Fisher 情報量(行列)を用いた Cramer-Rao 不等式の量子版に関する論文[19] に始まったと言って良い. Yuen, Lax[32]により,RLD Fisher 情報行列を用いた理論が展開され, Holevo により一般化された[21]. その後,長岡[30]により1次漸近論の視点が導入され,1次漸近論について 長岡,藤原,松本,林などにより精力的な研究がなされた[4,5,6,8,9,11,12,13,10,17,16,24,25,26,27,28,29,31].

一方,本稿で扱う Bayes 推定,ミニマックス推定については, Helstrom[20],Holevo[21] などの研究がある. 群共変的な状態族についての Bayes 推定及びミニマックス推定は, Helstrom により始められ,Holevo[22] により定式化された.

本稿では,これまでほとんど問題にされなかった 2次の漸近論を扱い,曲率との関連に注目する. しかし,一般な問題設定の下で2次の漸近論を扱うことは現状では不可能なので, 本稿で紹介する spin coherent 状態族,boson coherent 状態族, $ \mathop{\mathfrak {su}}\nolimits (1,1)$ coherent 状態族の3つの状態族に注目する.

boson coherent 状態族は古典論における正規分布と同様に 状態数が増えても状態族の形が不変であることから, 他の coherent な([*]参照)状態族は boson coherent 状態族に漸近する. 本稿では, spin coherent 状態族, $ \mathop{\mathfrak {su}}\nolimits (1,1)$ coherent 状態族の2つの状態族について, 2次の漸近評価を行うことにより, それらが, boson coherent 状態族に漸近する速さを正確に論じた. また,Levi-Civita 接続のスカラー曲率との関連も論じた.

以下, [*]では量子力学系の定式化,及び簡単な性質などを紹介する. より入門的な解説としては林,松本[17]がある. [*]では spin coherent 状態族,boson coherent 状態族, $ \mathop{\mathfrak {su}}\nolimits (1,1)$ coherent 状態族の3つの状態族を紹介する. [*]では量子推定の枠組みを紹介し, [*]で量子推定の中で最も成功している1漸近論について簡単に要約する. [*]では Holevo[22]で定式化された群共変的な状態族の理論を紹介し,後の節の準備とする. [*]で本稿の主題である, 2次の漸近評価を先にあげた3つの状態族について議論し,スカラー曲率との関連を見る. 最後に[*]では他の曲率と誤差との関連を指摘する理論との相違点を議論する.


Masahito Hayashi 平成13年7月10日