本研究では,量子状態の推定理論を大偏差型評価に注目して 扱った.
まずここで量子系の測定に関する基本事項を触れておくことにする. 量子系で測定を行うと,測定器の構造と測定対象である状態の双方に依存して 測定値が得られる. しかし,一般にはその測定器の構造と準備された状態から, 測定値の値を予言することはできない. 両者からは個々の測定値が得られる確率しか 予言できない. そこで,測定器 で状態 を測定したときに得られる 確率分布を で表すことにする.
本研究では測定対象である状態が未知で, なおかつ 十分たくさんにその未知状態が準備できるとの仮定の下で, その状態を推定するにはどのような性質をもつ測定器を用いて 測定すればよいか考察することにある. なお,ここで測定器と呼んでいるものは, 単にビームなどの測定対象を測定して, データを与える測定装置だけではなく, そのデータを変換する計算機と測定装置を組み合わせたものを 意味することもある.
以下で量子系での状態に関する数学的記述を まとめておく. 量子力学では,状態はある複素 Hilbert 空間 上の self-adjoint 非負定値作用素でトレースが1のもので表される. どのようなヒルベルト空間 をとるかは対象となる系 によって異なり,その系の性質によって決まる. なおこの Hilbert 空間 は量子系の表現空間と呼ばれる. 表現空間が となる量子系の状態の集合を で表すことにする. そしてパラメトライズされた の部分集合 を状態族と呼ぶ.
量子力学では状態をノルム の Hilbert 空間 の元 で 表す流儀があるが, それは で張られる一次元部分空間への射影 2を考えることにより, の元を表しているとみなせる. なお,ノルム の Hilbert 空間の元で状態を表す流儀では と を同一視しているので,ここで述べている対応関係には問題ない. 状態集合 は作用素としての凸結合を考えると, 凸集合になっている. このような Hilbert 空間 の1次元部分空間への射影で表される 状態はこの凸結合に関する状態集合 の 端点 3になっており,純粋状態と呼ぶことにする.
そして量子系で測定を考えるときに不可欠なのが
正作用素値測度(Positive Operator-Valued Measure,POVM)である
POVM は -field
から 上の非負定値な自己共役作用素への写像 で与えられる.
()の条件を満たす は 適当な正作用素値測度(Positive Operator-Valued Measure,POVM) を用いて と表すことができる. なお,このとき の -field としては Borel 集合族 を対応させると良い.
このことは 測定値の確率分布にのみ注目するのであれば 実際に構成される測定器 は POVM で記述できることを主張している. しかし,任意のPOVMに対応する測定装置が実際に できるかについては今のところ十分には分っていない.
次に独立同一分布のの量子的対応物を考える. 同一な量子状態 が 個独立に準備されたとき それは -テンソル空間 上の量子状態 で表される. したがってこのような仮定の下で 個のサンプルに対する推定量は -テンソル空間 上のPOVM で与えられる.
以下ではPOVMの範囲で測定誤差の下限に関する議論を行う.
量子状態族
に対して推定量の系列
(各 は
の元.)
が以下の条件を満たすとき弱一致という.
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