講演の概要、参考文献など


古田幹雄氏 「ゲージ理論入門」

最低限の参考文献

橋本義武氏「ADHM 構成とその周辺」


講演の内容

  1. 直交射影と接続
    多様体のはじまりが Euclid 空間の部分多様体ならば,ベクトル束のはじまりは自明束の部分束,このとき直交射影によって接続が定義されるわけだが,R2, R4 上の具体例でその曲率を計算してみようというのが第1回である.特に R4 上曲率が Anti-Self-Dual (ASD) かつ L2 になる接続(Yang-Mills instanton)の例をあたえるが,これが Atiyah-Drinfeld-Hitchin-Manin (ADHM) 構成である.第2回以降,R4 上の Yang-Mills instanton がこれらにかぎることを見ていく.
  2. ASD 接続と正則ベクトル束の対応
    第2回は,ASD 接続が正則ベクトル束に対応することを二つのやりかたで見る.一つは twistor,もう一つは Kempf-Ness の定理の無限次元版である.正則ベクトル束の jumping line にもふれる.
  3. Fourier-Mukai 変換(Nahm 変換)
    第3回では,まず T4 上の ASD 接続の Fourier-Mukai 変換についてのべる.そして,R4 上の ASD 接続の,あるいは対応する正則ベクトル束の Fourier-Mukai 変換が,ADHM 構成のデータにほかならないことを見る.時間がゆるせば,monopole の Fourier-Mukai 変換が Nahm 方程式の解になることにもふれたい.
  4. 話さないこと
    本講演は 1980 年代前半までに得られた基本的結果の紹介にとどまる.その後の重要な発展としては,ALE 空間上の ADHM 構成 (Nakajima,Kronheimer) に端を発する quiver variety の理論 (Nakajima),D-brane との関連 (Witten, Douglas),非可換空間上の ADHM 構成 (Nekrasov) などがあげられよう.

参考文献

予備知識

歴史おぼえがき

おそらく講演中にはふれる時間的余裕がないと思われるので,ADHM 構成の歴史的位置づけについてここでひとこと述べておくことにする.
 ADHM の論文が出た 1978 年といえば,ソ連のアフガン侵攻(1979)とそれにつづく西側諸国のモスクワ五輪(1980)ボイコットの直前である.4人の共著だが共同研究ではない.オクスフォードの Atiyah,Hitchin とモスクワの Manin,Drinfeld が同時かつ独立に結果を得たもので,Atiyah たちが最後の詰めを朝から議論した末「できた!」と思って意気揚々と昼食に行ったのだが,オフィスにもどると Manin から手紙が届いていて,それには Atiyah たちと同じ結果とともに「おそらくあなたがたもこれの理解に達しているでしょうが!」と記されていたという.
 物理サイドでは,素粒子論がこの 1970 年代後半に一つの転機をにさしかかろうとしていた.その話に行くまえに,ここで素粒子論の歴史をふりかえっておこう.
 素粒子論は湯川秀樹の中間子論にはじまる.湯川の理論には二つの特徴があった.一つは新粒子を導入したこと,もう一つは場の理論の枠内にとどまったことである.(「場の理論」は平坦な抑揚で読むこと.その場合は量子場の理論を意味する.)一方,西洋を中世から近代に移行せしめた「オッカムの剃刀」という格率のせいか,ヨーロッパの物理学者たちは新粒子の導入に慎重であった.また,量子力学の開拓者たちは過激な人々であったので,subatomic な領域に足をふみいれるにあたり,自分たちがつくりあげた量子力学をすてる方向に魅力を感じていた.そんなわけで,東洋人であったことと,時期的・地理的要因により量子力学に後からついていく位置にいたことが湯川を独創的にした,という見方もある.
 その後,加速器実験や宇宙線観測により数々の新粒子が発見され,それらは最終的にクォーク模型にまとめられた.場の理論の方はと言うと,今でこそそれが現時点で人類が手にしている知的財産のうちの最高のものの一つであることは疑いないが,その道のりはけっして平坦ではなかった.何度もすてさられそうになりながら,そのたびにあたらしい着想の登場でピンチをしのいできたのである.くりこみ,Feynman diagram,経路積分,非アーベル・ゲージ場,ghost,Higgs mechanism,くりこみ群,asymptotic freedom などなど.
 1970 年代に入って,'t Hooft らにより非アーベル・ゲージ理論のくりこみ可能性が証明され,摂動論的場の理論が勝利をおさめる形で一つの大団円を迎える.(彼はこの業績で 1999 年ノーベル物理学賞を受賞する.)関心は非摂動的効果へとうつっていった.その新たなステージで Mr. ゲージ理論 't Hooft と鎬を削ったのが Polyakov であった.彼らは独立に,クォーク閉込め問題にからみ非アーベル・ゲージ場の monopole(現在 't Hooft-Polyakov monopole とよばれている)を思いつく.つづいて U(1) 問題の解決として,Belavin-Polyakov-Schwartz-Tyupkin (BPST) の pseudo-particle = 't Hooft の instanton(こちらの名が市民権を得た)が提示された.なお,Belavin,Polyakov は共形場理論の Belavin-Polyakov-Zamolodchikov (BPZ) でも一緒にやっている.くりこみの BPHZ は Bogoliubov-Parasiuk-Hepp-Zimmermann なので別.最近よく聞く BPS は Bogomolnyi-Prasad-Sommerfield で,BPST とは一人も重なっていない.他にゲージ場の量子化の BRS(T) (Becchi-Rouet-Stora(-Tyutin)),超伝導の BCS (Bardeen-Cooper-Schrieffer) というのもあってややこしい.
 話をもどそう.つづいて物理学者たちの競争は multi-instanton へとむかう.anomaly の Jackiw や当時まだ無名の Witten も参戦してきた.そんな中,4人の数学者が R4 上の multi-instanton を完全に分類した論文を Physics Letters に提出した.それが ADHM である.物理学者にとってホットな問題に対し,そのさなかに数学者のみによるインパクトある仕事が提出される,というのは過去に例のないことではなかったか.Polyakov は「現代数学が役にたつのをはじめて見た」と周囲に漏らしたと伝えられる.この衝撃が若き日の Witten の眼を現代数学へとむかせる一つのきっかけとなったのではないかと推察する.
 Atiyah と Hitchin をゲージ理論へといざなったのはおそらく Singer であろう.当時,同時代の理論物理の直面している問題意識に通じていた数学者は,西側では彼くらいだったのではなかろうか.また,Penrose と Ward の貢献も大きい.
 さて,ADHM とほぼ同時に物理学者の方でも BPST の Schwartz が同様の結果に達していた.Atiyah は物理学者の世界の competitive なありようにとまどいながらも,今の状況にかつてないスリルをおぼえていた.
 ちょうどそのころ,インドのタタ研究所で木陰にデスクを出してもらって海をながめる毎日をおくりながら,sabbatical year をのんびりたのしんでいる一人の数学者がいた.われらが Bott 先生である.インド滞在を終えた Bott はオクスフォードに盟友 Atiyah をたずねた.このときのことを Bott は,「Atiyah はすっかり舞い上がっていて "mathematical high" の状態だった」とふりかえっている.どうやら知らぬあいだに大きなできごとがおこっていたらしい.ところが,興奮して instanton の説明をまくしたてる Atiyah の声が,インドで聞いた Riemann 面上の正則ベクトル束のモジュライのなぞを語るバラモンの数学者 Ramanan の声にふしぎと響きあうのである.こうして Atiyah-Bott の Riemann 面上の Yang-Mills 理論がうまれた.それは,Bott がデビュー当時から追い求めてきた Morse 理論の新局面を切り開くものでもあった.
 その後,Bott の来訪をいつもサンタのように心待ちにしていた "Atiyah の子どもたち" の中から Donaldson が出る.そして,Bott の講演を聞きそれを鷹のようにフォローした Witten は,後に言う Witten の Morse 理論を着想する.Bott は彼から一通の手紙をうけとる.そこには「Bott 先生,わたしはついに Morse 理論がわかりました!」と記されていた.それは,かつての弟子 Smale が Morse 理論をとぎすましてついに高次元 Poincare 予想を解決したときに Bott に告げたのと同じことばだった.

上正明氏 「変換群論」

講演の内容

4次元多様体上の群作用について,エキゾチック群作用の例を
中心に解説する.

参考文献

R.Fintushel, R. Stern, Rational blowdowns of smooth 4-manifolds, J. Diff. Geom. 46 (1997) 181--235 R. Gompf, A. Stipsicz, 4-manifolds and Kirby calculus, Graduate Studies in Mathematics, AMS 1999 J. Morgan, T.S. Mrowka, Z. Szabo, Product formulas along $T^3$ for Seiberg-Witten invairants, Math. Res. Letters 4 (1997) 915--929 R. Nicolaescu, Notes on Seiberg-Witten theory, Graduate Studies in Mathematics 28, AMS 2000 M. Ue, Exotic group actions in dimension four and Seiberg-Witten theory, Proc. Japan Acad. 24, Ser,A, No. 4 (1998) 68--70

森吉仁志氏 「指数定理」

各講義のトピック

1)指数定理の歴史的背景
2)熱核と指数定理
3)Atiyah-Patodi-Singer 指数定理
4)非可換幾何学と指数定理の一般化



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